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#哲学
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- アウトリーチという言葉が嫌い大学でよく使われる「専門知を社会に還元しましょう」という言葉。
- 東浩紀荘子itが10代で読んだ先行世代。
- あらゆる芸術作品は暴力のモニュメントである恐ろしい暴力を目の当たりにして受け取ったショックが芸術作品に変換される。
- あらゆるものはフェティッシュである画質の悪い映像やレコードのノイズに反応してしまうのは、メディア経験の刷り込みなのか、 原理的なことなのか。
- アンチ・オイディプス荘子itの読み方は「フロイトやラカンはもちろんすげえ、あれは一つの理論体系だ、 でもそれだけじゃねえだろ、それで満足すんなよお前ら、もっと熱くなれよ」。
- 一生一ミリも貢献しない福尾がお金をもらって書いた最初の文章は、建築批評のウェブメディア 「10+1」でのヴェネツィア・ビエンナーレ日本館カタログの書評だった。
- 意味の論理学「あり得たかもしれないことの道化師になるな、実際にあったことのパントマイム師になれ」。
- 魚豊荘子itが子育てと制作の合間を縫って「二人だけで会って話した」数少ない相手として、 福尾と並んで名前が挙がる。
- エビデンスなきファクト福尾の概念。
- 置き配的2025年11月刊。
- 解説に見えてしまう本『眼がスクリーンになるとき』を丁寧に読んだ高校生から 「『シネマ』に書かれてあることと福尾さんの主張の違いがよく分からない、 解説に終始していて福尾さんの思想がどこにあるのか分からなかった」という ツイートがあった。
- 環境と社会は違う『非美学』で書いた話として福尾が持ち出す。
- 観光客の哲学ダークツーリズムの軽薄さを単に否定しても仕方がない。
- 記と紀古事記の「記」は言偏で、日記の記でもあり、国内向けの物語として書かれた。
- 近所福尾がいま書いている本の主題。
- 空間の話をしない空間的なものの話はするのに、空間の話はしない——それが日本の思想や批評の すごく大きな弱点だ、と福尾はずっと思っている。
- 言葉にすることが考えることだ「言語化」という枠組みでは、まず内面に気持ちがあって、それを言葉に変換する、 という順序が前提になる。
- 佐久間荘子itの失踪した親友が弟子入りしていた人物。
- 事後的にそうなってしまった「左手のない猿」で参照される、人間がなぜ二足歩行を始めたのかを研究した手と口の連合発展説。
- 実際にあったことのパントマイム師になれドゥルーズ『意味の論理学』の言葉。
- シネマ「映画=夢」という図式を解体するために書かれた本。
- 資本論福尾が『八月の光』の次に読んでいる。
- 自由は動詞である東浩紀の訂正可能性のパロディ。
- 職業としての嘘哲学者もアーティストも「ほぼ嘘つき」に近い職業である。
- 序文というパレルゴン序文は順番としては一番最初に来るのに、たいていは本文を書き終わったあとに書く。
- Gilles Deleuze福尾の研究対象であり、番組全体の底流。
- センスの哲学ラウシェンバーグの絵画を餃子を味わうかのように見る、という読み方が引かれる。
- 存在論的、郵便的福尾が「墓掘り人」のように引っ張り出してきて、マジックリアリズムに接続する方向へ進めようとした本。
- 千葉雅也『非美学』の紀伊國屋じんぶん大賞受賞記念トークイベントで福尾と対談し、 その終演後に荘子itと福尾が初めて対面した。
- 抽象的なものを作るという具体的な操作抽象的なものを作るのは変なことだ、と福尾は言う。
- 鶴見俊輔戦時期の知識人がどう活動していたかを分析した本。
- 出口ではなく糸口「この状況は閉じている」と言った直後に「でも私はそこから出ています」と 続けてしまう身振り——哲学がやりがちなこと。
- 動物化するポストモダン新書でありながら超平面性やラカン理論の謎の変形までやっていて、しかも10万部いった。
- 入門書のジレンマ福尾が書き始める初の新書のモチベーション。
- 反実現Gilles Deleuze は芸術をパントマイムになぞらえて語る。
- 引き裂かれている状態から出発する哲学はヨーロッパのもの、ヒップホップはアメリカのもの、というのは前提にしていい。
- 非対称性を肯定する世界にはやる側とやられる側、金持ちと貧乏人といった非対称性がある。
- 非美学紀伊國屋じんぶん大賞受賞。
- 福尾匠『置き配的』発売から1週間、ずっとエゴサをしていた。
- 勉強するとキモくなる千葉雅也『勉強の哲学』(2017年)の核心。
- 勉強の哲学勉強は世のノリ・社会のノリから外れて「キモくなる」ことを経由する、 という前提から出発している本。
- 本音を言ったことになるための手続き「そういう形式にしまわないと本音を言ったことにならない」ことの強引さのほうが 気になる、と福尾は言う。
- 丸山眞男『日本の思想』。
- Michel Foucault晩年のパレーシア(parrhesia=真理を語ること)論が参照される。
- 皆さんこちらが哲学者です荘子itが福尾を客席から壇上に上げるときの紹介の仕方。
- 難しいと怖いは関係ない哲学は難しい学問だし、難しく書かなければいけない側面もある。
- 眼がスクリーンになるときドゥルーズ『シネマ』論。
- モナドロジーあらゆるものを細分化した先にはモナドしかないと言いながら、最後はそのモナドが神の予定調和で 調和しているという世界観。
- 森脇透青[[非美学]]について「難しいのはなぜなのか」という書評を書いた。
- 柳澤田実「私たち性(ウィーネス)の不在」をテーマにする哲学者。
- リテラリティ福尾匠『眼がスクリーンになるとき』の重要概念。
- 理論を作って渡す人文的なものを「僕らがやっていることを皆さんもできるようになります」 という能力の形でプレゼンすることも必要だとは思うが、 福尾はそっちにはあまり興味がない、と言う。