近所
きんじょ
福尾がいま書いている本の主題。
番組より
誰のものでもないものを、それぞれなりの仕方で、ここからここは自分の近所っていう感じで謎の帰属意識を持ってるんだけど、帰属意識はあるけど所有してるわけではないし、同じ空間の中でいろんな人の近所が重なり合ってるわけだから。
おしっこかけたから何なのってことと、吸い殻を2メートル先に投げたから何なのっていうのは僕の中で同じ。
この項目について
近所は領土のように所有されるものではない。 「ここからここまでが僕の近所」と明確に区切れるものでもなく、距離が近くても 一度も通ったことのない通りは近所と認識されない。まばらでムラのあるゾーンが 個々人のなかにあり、同じ空間のなかで無数の人の近所が重なり合っている。 吸い殻を拾って道の反対側に投げるだけのおじさんの、その2メートルのゾーニング。 犬のマーキングと同じく「だから何なの」によって成り立っているテリトリー意識。 それこそがテリトリーというものの本当のあり方ではないか、というのが福尾の見立てで、 荘子itはそれを領土問題の極北にあるものとして受ける。 のちに疎密と名指される対の、疎の側の空間論にあたる—— アリーナに引っ張り上げられることなく、まばらなまま重なり合っている場所。
この項目が出てくる回
関連項目
- 記と紀古事記の「記」は言偏で、日記の記でもあり、国内向けの物語として書かれた。
- 文化こそが国防軍事力や核による抑止ではなく、リスペクトと愛着があるから揉めたくない、という形で 平和が保たれるのが本当は一番いい。
- 引き裂かれている状態から出発する哲学はヨーロッパのもの、ヒップホップはアメリカのもの、というのは前提にしていい。
- 言葉遊びの擁護同音異義や掛け言葉といったポストモダン哲学的なやり口は、いま「上手いこと言ってる感が ダサい」という風潮のなかで嫌われつつある。
- 福嶋亮大福尾との対談で「台湾有事が来たら、君らがやってることは何の意味もなくなりますよ、 何も残らないですよ」と言った。
- 浜崎洋介荘子itの大学時代の恩師にあたる保守論壇の人。
- 松岡正剛国風文化と中国的な文化が並存しつつ、どちらが優位かが入れ替わりながら歴史が進むという二軸の日本観を持っていた人として名前が挙がる。
- 左手のない猿都内に出没した左手を失った猿のニュースをきっかけに書いたエッセイ。