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使わないと理解できない

つかわないとりかいできない

フィロシャピーで始まった千のプラトー講座から。

初出
「ビジネスパーソン」って誰のこと?(2026年9月28日)

番組より

本というものを理解すべきものだと思ったら終わりっていう、使えばいいんだっていう風に言ってるんだよね。

僕が思うのは、使わないと理解できたかどうかわかんないわけだから、結局、使ったことによって理解したことになるっていうか。つまり自分の頭の中での理解っていう出来事が仮に発生したとして、それがその後一生何のアウトプットもされなかった、その理解ってないのと一緒だから。

ジャズ喫茶で永遠とジャズの名盤を聞くっていうのに対して、ディスクユニオンでペーっていっぱい100円のジャズのレコード持ってきて、それで自分でビート作ってみるみたいな。だんだん元ネタへのリスペクトが湧いてくるみたいな。

この項目について

『千のプラトー』の冒頭は、本というものは理解すべきものでは全くない、使えばいいんだと言っている。「理解しないと使えないじゃないですか」というコメントが来るが、順番が逆——使わないと理解できたかどうか分からない。頭の中で理解という出来事が仮に発生しても、一生何のアウトプットもされなかったら、その理解はないのと一緒。使った後に初めて「理解した」が確定する。理解したかをジャッジするのも社会で、純粋な本と私の一対一の理解を最初のステップに置くこと自体が、哲学という権威が作ったフィクション。荘子itは、ジャズ喫茶で名盤を拝聴するのに対してディスクユニオンで100円のレコードを掘って自分でビートを作ると、だんだん元ネタへのリスペクトが湧いてくる、で受ける。

この項目が出てくる回

関連項目

となりで喋られていたこと

韻を踏んでいること

この項目に言及している項目