一生一ミリも貢献しない
いっしょういちみりもこうけんしない
福尾がお金をもらって書いた最初の文章は、建築批評のウェブメディア 「10+1」でのヴェネツィア・ビエンナーレ日本館カタログの書評だった。
それが建築界隈から炎上し、「実務が分かっていないのに偉そうなことを言うな」 と言われたうえ、藝大の建築の教授から 「お前が建築に貢献することは今後一生たりとも一ミリもない」と いきなりXで言われた。24、25歳のとき。「これ何なの、こんな感じなんだ」。 ところがその1年後に『眼がスクリーンになるとき』が出ると、 同じ東京藝大の別の建築の教授が、自分の個展でその本を資料として展示していた。 「1ミリぐらいは貢献した」。 『眼がスクリーンになるとき』の書評でも、映画批評をやっている廣瀬純に 学会誌で「ファシスト的な内容だった」と何の論証もなく書かれた。 「反論しても何の甲斐もない、終わってんなと思うことの連続」。
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関連項目
- 立ち上げ恐怖症前の回で話題になった福尾の症状。
- 発見であって作為ではない『8番出口』が面白いのは、ゲームの画面とキューブリック『シャイニング』という 遠いと思われているものの相似形を「発見」して、それをそのまま愚直にやっているから。
- 本好きの壁福尾が勝手にそう呼んでいる現象。
- カードゲームみたいな批評つまらない批評は「ここでこの名前を出す」というカードゲームになってしまう。
- 強い解釈を持っている人の話が面白い批評好きのあいだには「テクストをちゃんと読もう」「解釈や一般的なイメージに逃げず、 細部を見れば解釈を超えるものが出てくる」というセオリーがある。
- 三宅香帆「本好きの壁」を越えた人。
- 川村元気『8番出口』の監督。
- 藤本タツキ米津玄師との対談動画で、レゼは「女の子の好きな要素だけを詰め込んだ」と本人が言っていた。