シットシッポ Wiki

2025年9月29日

『8番出口』みた

荘子itが映画『8番出口』を絶賛する回。ゲームの画面とキューブリック『シャイニング』が 相似形であることの「発見」と、オタク趣味の詰め込みとの違い。 後半は三宅香帆をめぐって「本好きの壁」の話へ。

放送日
2025年9月29日
長さ
43:35

Apple Podcastsで聴くSpotifyで探す

話の流れ

  1. 0:12何の予備知識もなく観た
    ゲーム原作であることも知らずに観て、めちゃくちゃ面白かった。「久しぶりに食らった」。
  2. 1:40ループとモラトリアム
    原作ゲームにはストーリーがない。映画は『うる星やつら ビューティフル・ドリーマー』の系譜にループを接続した。文化祭前日を繰り返すモラトリアムと、その先に待つ生殖と人生のフェーズの変化。
  3. 3:20サンプリング的に作る
    ゼロから組み合わせるのではなく、原作ゲームをうまく改編して映画に仕立てる。トラックメイク的、ありもので作る手つき。川村元気のプロデューサー的なレファレンスの駆使。
  4. 8:00出た先も結局ループ
    惑星ソラリスやインセプションのように「出られたのか」をぼかすのではなく、出たは出たが、その先の人生だってループではないか、という現実への批評になっている。
  5. 10:00完全なる首長竜の日
    福尾は黒沢清のなかで一番好きなくらい好き。荘子itは学生時代シネフィルだったので「これでいいのか」と思った。青山真治が最高傑作と呼んでいて驚いた。
  6. 15:00映画映画してるものはつまらない
    チェンソーマンのアニメは映画のリファレンスに寄せすぎた。愚直に「いい感じの映画」に映像化するとつまらなくなる。
  7. 18:00発見であって作為ではない
    ゲームの画面とキューブリックが相似形であることを発見して愚直にやると面白い。チェンソーマンのオープニングのように好きなものをパロディで詰め込むのとは違う。目配せではない。
  8. 20:50カードゲームみたいな批評
    つまらない批評は「ここでこの名前を出す」というカードゲームになる。それをいかに抜け出すかがアマチュアリズムからの脱却。
  9. 21:50立ち上げ恐怖症
    前回話したことで、口に出したら相対化できて楽になった。『8番出口』は何も立ち上がらないところから始まるので立ち上げ恐怖症にいい。
  10. 26:00本好きの壁
    本屋大賞的な「読書好き」に受けるものと、人文批評的に受けるものには微妙な棲み分けがずっとある。三宅香帆はその壁を越えた。
  11. 29:20ニーズとしての潜在性
    批評はまだ気づかれていない潜在的なものを取り出して構造化する。三宅香帆はそれを「ニーズ」として取り出したのが新しい。
  12. 35:00デビュー作でいきなり炎上した
    24、25歳のとき建築批評メディアに書いた書評で「実務が分かっていないのに偉そうなことを言うな」と叩かれ、芸大の教授から「お前が建築に貢献することは今後一生一ミリもない」と言われた。
  13. 36:241ミリぐらいは貢献した
    その1年後に『眼がスクリーンになるとき』が出たら、同じ東京藝大の別の教授が自分の個展で資料として展示してくれていた。そういうことの連続だと思う。
  14. 38:43強い解釈を持っている人の話が面白い
    細部を見れば解釈を超えるものが出てくる、というのが批評のセオリー。だが実際には、ベタで愚直な世俗的イメージのほうで語っている人の話が面白かったりする。
  15. 40:06話が面白いというスケールで切り出す
    「批評の書き方」ではなく「話が面白い」という、みんながなりたいもののほうから入り口を作る。それがつまり批評するということだ、といつの間にか乗せていく。
  16. 41:18前半だけで配信してみる
    8番出口に興味がある人が単純に聴くという狙い。いつも聴いている人の外に届く可能性があるので、実験的に40分で切り出してみる。

この回で出てきた言葉

この回からの引用

川村元気はある意味何も生み出さずに、作為なく発見だけでやってるっていうか。ゲームの画面とキューブリックが相似形であるっていうことを発見して、それをそのまま愚直にやると、それはめちゃめちゃ面白い。

発見であって作為ではない

つまらない批評ってカードゲームみたいな、ここでこの名前を出すみたいな、そうなっちゃうんだよね。それをいかに抜け出すかみたいなのが、ある種アマチュアリズムからの脱却みたいなことだと思うんだけど。

カードゲームみたいな批評

プロフィールに読書好きって書くような人たちは、批評とか学問的なものに対してちょっと敬遠してる感じもあるし、こっちはこっちで本屋大賞的なものに対してちょっとメタな見方をしちゃうっていうか。

本好きの壁

本好きと批評好きと、シネフィルと映画オタクが全然美学が異なってくる。みんながおしゃれだと思ってるものを本当の音楽好きが嫌いみたいな、あの構造。もうちょっとその間が面白いんだよな。

強い解釈を持っている人の話が面白い