2025年10月6日
加工肉と批評にもっと期待していい
塩豚とパンチェッタから始まる料理の話。ブドウも牛乳も、フルーツや飲み物としては 王様ではないのに、発酵と醸造を経てワインとチーズという最強キャラになる。 後半は「批評に期待されているものがしょぼい」という話へ。 批評家がアーティストの無力感にお墨付きを与えるポジションとして消費されている。
話の流れ
- 0:30挨拶をやめるための荒療治前回いきなり「8番出口を見ました」から始めたのは、定型文の名乗りをやめるための実験だった。
- 1:40塩豚とポークアスピックブロック肉に塩を揉み込んで3日寝かせる。新宿ベルクのポークアスピックが好きで、塩豚から作れるレシピを見つけた。マヨネーズを生クリームに変えた。
- 2:40油に旨味が溶け出すイタリアンと中華は材料を切って油に投入していく勢いがいい。和食の旨味も好きだが「バカっぽさがない」。
- 8:00ブドウが実は最強だったフルーツの段階では甘さの土俵で他に負けるブドウが、酒になると圧倒的な王様になる。牛乳とチーズも同じ。発酵と醸造を経てポテンシャルが開花する。
- 11:00加工肉の乏しさ日本のスーパーの加工肉は添加物の味が強く、旨味が分かりやすすぎて料理に使いづらい。ヨーロッパの市場では普通に美味しいものが売られている。
- 13:00パンチェッタの作り方バラ肉に塩と砂糖を揉み込んで1週間ラップで寝かせ、洗って拭いてから網の上でさらに1週間乾燥させる。冷蔵庫にあるだけでパスタもチャーハンもよくなる。
- 15:00料理は癒されるその瞬間ごとに作業が終わっていく嬉しさ。文章は進んでいるのかいないのか分からない。
- 15:50こうの史代展『夕凪の街 桜の国』。トラウマを克服して「自分も生きていていいんだ」と受け入れたところに、被爆者としての未来が待っている。「そこまでするか」という恐怖漫画。
- 20:40反戦だがそればかりの世の中とも距離がある『この世界の片隅に』の原作では、鈴が終戦の知らせに「まだ戦えるんじゃないのか」と言う。高畑勲が『火垂るの墓』を反戦映画ではないと言い続けたことと重ねられる。
- 23:00一番かっこいい陰キャ展示の打ち上げで20代のアーティストに「もうちょっと自分の汚いところとか、ずっとかっこいい感じでどうなんですか」と絡まれた。
- 27:00批評にもっと期待していい期待されているものがしょぼい。「今こういう状況だからしょうがないですよね」とアーティストの無力感にお墨付きを与えるポジションとして批評家が消費されている。
- 29:00状況へのリアクションを求められる新しいアイデアについて喋っているという状況自体を受け取ってもらえる場所が減っている。そういう角度で価値づけされていないと「なんだか分からないもの」として受け取られる。
- 36:02接点として一番広くなるところ音楽を作るのは「普通はやらない」ことだが、飯を食う・何かを見て感想を抱くは生きていれば必ずやること。作り手だけが知っている素晴らしさを、作るという行為以外で提供できるといい。
- 36:49花火が繋いでしまう利賀村の演劇はテーマとしては取っつきにくさの最高峰なのに、花火があることでお祭りとして機能する。しかも空襲のモチーフや日本の記憶の問題と実はリンクしている。
- 38:34理論を作って渡す「これができるようになります」ではなく、世界の見え方が変わること。抱えていた違和感や不全感がちゃんと構造化されること。それが一番大事だと思っている。
- 39:39付加価値をつけないと受け取ってもらえない理論を渡すことに「これに詳しくなれます」という付加価値をつけ、そっちがメインだと偽装しないと受け取ってもらえないのではないか、という不安。
- 40:40人間の本当の仕事は感動することクリエイターが増えてもしょうがない。作れるようになることが目的ではなく、その媒介として創作行為がある。世界観が更新されることだけが本当は重要。
この回で出てきた言葉
- 一番かっこいい陰キャ展示の打ち上げで20代のアーティストに絡まれたときに言われた言葉。
- こうの史代展示を荘子itが観に行った。
- 塩豚とパンチェッタ荘子itは塩豚(塩を揉み込んで3日)からポークアスピックを作り、 福尾はパンチェッタ(塩と砂糖を揉み込んで2週間)を常備している。
- 状況へのリアクションを求められる新しいアイデアについて喋っている、という状況そのものを受け取ってもらえる場所が どんどん少なくなっている。
- 高畑勲『火垂るの墓』を反戦映画ではないと死ぬまで言い続けた。
- 人間の本当の仕事は感動することトラックメーカー講座をやろうという話が出たときに荘子itが思ったこと。
- 花火が繋いでしまう利賀村の演劇は、日本で断絶したものを毎年やり続けているという意味で 「取っつきにくさの最高峰」なのに、花火があることでお祭りとして機能している。
- 反戦だがそればかりの世の中とも距離があるこうの史代の変わったバランス。
- 批評にもっと期待していい黒嵜想と話して出てきたこと。
- ブドウが実は最強だったフルーツとしてのブドウは甘さという土俵では他に負けるし、ブドウジュースも リンゴやオレンジに比べて大したものではない。
- 夕凪の街 桜の国被爆して家族を失った女性が戦後を生きる話。
- 理論を作って渡す人文的なものを「僕らがやっていることを皆さんもできるようになります」 という能力の形でプレゼンすることも必要だとは思うが、 福尾はそっちにはあまり興味がない、と言う。
この回からの引用
元々持ってたやつが発酵、醸造っていうものを経ることによってポテンシャルが開花して、お前が一番だったのかみたいなのが熱いなっていう。
もっとすごいものを本当は期待してもらっていいはずだし、こっちはやってるつもりなんだけど、それが受け取られるときにどうしてもスケールダウンされた形で受け取られてしまうっていうか。
アーティストの無力感にお墨付きを与える、それは確かに今こういう状況だからしょうがないですよねみたいなポジションとして批評家が消費されてるって、結構きついですよね。
理論を作って渡すということが、本当は一番大事だと僕は思ってるんだけど、それに付加価値をつけないと受け取ってもらえないって感じがしてて。
→ 理論を作って渡す
人間の本当の仕事は感動することっていうか、感動したりとかただただ感じて、あと物を考えたりとか知るとか。それの媒介として創作行為がある。作るってことが目的じゃないんだよね。