こうの史代漫画家
こうのふみよ
展示を荘子itが観に行った。
『夕凪の街 桜の国』は、被爆のトラウマを克服して 「自分も生きていていいんだ」と受け入れたところに、被爆者としての未来が待っている構成。 「そこまでするか」という恐怖漫画だと荘子itは言う。 広島出身で、自分の実存と深く関わっているからこその、平和な日常とも乖離のあるリアリティ。
この項目が出てくる回
関連項目
- 批評にもっと期待していい黒嵜想と話して出てきたこと。
- 状況へのリアクションを求められる新しいアイデアについて喋っている、という状況そのものを受け取ってもらえる場所が どんどん少なくなっている。
- ブドウが実は最強だったフルーツとしてのブドウは甘さという土俵では他に負けるし、ブドウジュースも リンゴやオレンジに比べて大したものではない。
- 反戦だがそればかりの世の中とも距離があるこうの史代の変わったバランス。
- 理論を作って渡す人文的なものを「僕らがやっていることを皆さんもできるようになります」 という能力の形でプレゼンすることも必要だとは思うが、 福尾はそっちにはあまり興味がない、と言う。
- 人間の本当の仕事は感動することトラックメーカー講座をやろうという話が出たときに荘子itが思ったこと。
- 花火が繋いでしまう利賀村の演劇は、日本で断絶したものを毎年やり続けているという意味で 「取っつきにくさの最高峰」なのに、花火があることでお祭りとして機能している。
- 高畑勲『火垂るの墓』を反戦映画ではないと死ぬまで言い続けた。