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#芸術
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- アートウォッシュされた街福尾が住む黄金町は、その典型だと言う。
- あみだ湯能登の珠洲にある銭湯。
- あらゆる芸術作品は暴力のモニュメントである恐ろしい暴力を目の当たりにして受け取ったショックが芸術作品に変換される。
- アラン・バディウフランスの哲学者。
- 1日の終わりのジュースのために作るその陶芸作家は、作品ができて展示されても何も嬉しくないし、人に見てもらいたいともそんなに思っていないらしい。
- 宇川直宏DOMMUNEを15年やってきた人。
- お客さんを作ってこなかった現代美術現代美術の元気のなさの一番の原因について福尾が言うこと。
- 風通しと埃海や川はずっと流れ、波打っていて、何かがそこに滞留し続けることは基本的にない。
- クソを愛で続ける人たちの系譜『博覧狂気の怪物誌』刊行イベントのテーマだった肛門期固着について。
- 芸術の使われ方は三つしかなかったアラン・バディウによれば、芸術はだいたい三つの使われ方をされてきた。
- 芸術は立場をはぐらかしながらにじり寄れる現実では「リベラルとかどうでもいいから男磨きしよう」か「そういうのは全部時代遅れだから批判していこう」のどちらかのポジションを取らされてしまう。
- 壊れた機械と変だけど動く機械現代美術には2つの系統がある、という福尾の整理。
- 自動車冷蔵庫金沢21世紀美術館の路上、お邪魔ですかで展示されていた、國府理の作品。
- 自分のことも書かなければならない自分に触発を与える他者について書く、寄り添うというのは、実は自分を投げ出しているようで投げ出していない。
- 象徴化の過程で失われるもの大きな事件が起こると、犯人をモンスター化し「その背景には日本社会のこういう歪みがあって」と容易に意味づけできてしまう。
- ずっと歪んだ真珠でいるバロックの語源は「歪んだ真珠」。
- そのひと手間が未来につながる白い線アリーのペットボトルの、ラベルを剥がす部分に書かれた説明文。
- 建てることからの撤退福尾が8年前(25歳頃)に書いた建築批評のタイトル。
- テクスチャの内部浸透福尾が2019〜2020年頃に書いた概念。
- 「展」がつくと人が来るTaiTanの企画でギガマートをやったとき、「ギガマート展じゃないとダメです」と言われた——展の方が圧倒的に人が来るから。
- 永田康祐福尾の友人のアーティスト。
- 二重の閉じ込め相模原の事件では被害者が匿名報道された。
- 人間の話と社会の話ばかりしていると社会がダメになる出口のない話が続いたところで福尾が言う——今はみんな人間の話と社会の話しかしていないから、煮詰まるに決まっているし出口がなくなるに決まっている。
- 博覧狂気の怪物誌後藤護の新刊。
- 花火が繋いでしまう利賀村の演劇は、日本で断絶したものを毎年やり続けているという意味で「取っつきにくさの最高峰」なのに、花火があることでお祭りとして機能している。
- 花火と爆弾音楽でぶち上がること、花火を見てぶち上がること、爆弾の爆発を見てぶち上がることは本当は繋がっているのに切り分けられている。
- バロックの見せ方で呼び込んでマニエリスムの毒で刺す「実際どう戦っていくのか」に対して後藤護が提案する最良の選択。
- 反実現Gilles Deleuze は芸術をパントマイムになぞらえて語る。
- 非社会的なものがないと社会はダメになるいま誰もが人間の話と社会の話しかしていないから、煮詰まって出口がなくなるに決まっている。
- 非対称性の保存現に存在する暴力を、芸術はある意味で別の形に保存する。
- 非対称性を肯定する世界にはやる側とやられる側、金持ちと貧乏人といった非対称性がある。
- 非美学紀伊國屋じんぶん大賞受賞。
- 拾ってくることが作ること『置き配的』のファウンドネス(拾いもの性)の話。
- ポスト壊れた機械モデル壊れた機械と変だけど動く機械の先を指す荘子itの言葉。
- 貧しさに基づくプラグマティズムプラグマティズムには、貧しさに基づくものと豊かさに基づくものがある。
- 密閉した途端に製品になる大和田俊の炭酸水の作品について。
- 路上、お邪魔ですか金沢21世紀美術館から渋谷の松濤美術館に巡回した展示。
- 路上のユートピア化路上、お邪魔ですかのタイトルへの福尾の批評。