落合陽一研究者・メディアアーティスト
おちあいよういち
デジタルネイチャーを、デジタルに埋め尽くされたものも自然として捉え返す東洋的な統合として紹介するが、 福尾は「むしろ逆で、自然というものを深刻化しすぎている」と応じる。
2025年7月21日の回
「批評家になるな、ポジションを取れ」を標語のように言っていた。 手を動かさず口だけで言うのではなく、自分で手を動かして社会に対して自分のポジションを 示すのが偉い、という主張。ただしそこで言われている「批評家」は職業的批評家ではない、 という点が繰り返し確認される。
この項目が出てくる回
関連項目
- 大二病大谷能生の言葉とされる。
- 社会人2年目の病大二病の反対側にある病。
- 建蔽率福尾の比喩。
- 寂しさの消失2015年ごろまで人はもっと寂しそうだった、という福尾の現状認識。
- 不用意に前提されるつらさみんな疲れているしみんな辛い、という前提の上に人文系のコンテンツが積み上がっている状況への違和感。
- ベタがないとメタもないSOUL'd OUTのDiggy-MO'は今でこそ半笑いの対象にされがちだが、 中学生の荘子itはマジでかっこいいと思って聴いていた。
- 5分間だけ神になるポップスターのライブは、ファンダムが思い描くスターがステージに立っているという意味で 宗教でしかない。
- あらゆるものはフェティッシュである画質の悪い映像やレコードのノイズに反応してしまうのは、メディア経験の刷り込みなのか、 原理的なことなのか。
韻を踏んでいること
この項目に言及している項目
- アーギュメンツ2017年ごろ、20代中盤の書き手が集まって作った批評誌。
- 安野貴博荘子itとはプライベートでも面識がある。
- エシカーニバル横浜駅ルミネの柱に貼ってあった謎のフェアの名前。
- 面白い批評に出会うこと批評に良いイメージが持たれないのは、面白い批評を読んだことがないからでしかない。
- 学術書の謝辞問題英語圏の学術書には100人規模の謝辞がつくことがある。
- コラージュとカットアップ椹木野衣『シミュレーショニズム』の時代は、コラージュを個人の趣味嗜好による箱庭作りとして 突き放し、もっとドライに植物的に切り裂くカットアップ(千葉雅也の言う非意味的切断に近い)に 価値を見出した。
- 佐々木敦「批評家、引退しません」というようなことをやっている人として名前が挙がる。
- 椹木野衣『シミュレーショニズム』でコラージュとカットアップを対比した。
- シミュレーショニズムコラージュ(個人の箱庭)とカットアップ(非意味的な切断)を対比し、後者に価値を見出した。
- 批評家になるな、ポジションを取れ落合陽一の標語。
- 批評という言葉の三つのレイヤー日本の小林秀雄以来「文芸批評」と呼ばれてきたもの、西洋で始まった「クリティック」という 作品の価値づけを指す抽象的な定義、そしてゼロ年代・一〇年代以降に若者が批評誌を作っている 文化圏。