ターゲッティングは個人を一面化する
たーげってぃんぐはこじんをいちめんかする
最近の人文書が疲れている人・病んでいる人に当てられすぎている、 という福尾のツイートから。
寄り添うためのルートを決めてしまうと、 かえってその状態に閉じ込めてしまう。病んでいる人に寄り添おうとすれば 「病んでいる」が前提になる。ターゲッティングは群れを分割すると同時に、 個人を一面化する。生きていれば多少は病んだり疲れたりするが、 24時間365日その一つの状態に支配されることは基本的にない。 その「生きていること自体のごちゃごちゃさ、取り留めのなさ」を肯定するルートを どう作るか——それがターゲッティングでは作れないものだ、と福尾は言う。 荘子itは、ふわっとした不調が心療内科で固定化されることで 完全に病人モードになってしまう実体験と重ねる。
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関連項目
- 癖と曲荘子itが「ずっと一番大事だと思っていること」として語った話。
- 私でなくもない者たちの親密権『置き配的』第10回。
- 読者が調教される本を読んで、その本が想定している読者に自分から進んでなろうとしてしまう感覚。
- 固有名とトーンしか聞かれていないポッドキャストもYouTubeも、結局「ここで誰の名前が出た」ということと、 「優しそう」「聞きやすい」という人柄の話しか受け取られていない側面が けっこうある、と福尾は言う。
- 黒嵜想『アーギュメンツ』の編集。
- 홍상수年に2本ほど撮る多作な韓国の映画監督。
- 置き配的2025年11月刊。
- よく知りもしないくせに映画祭に審査員として呼ばれた映画監督が飲んでばかりで、 知り合いの家に遊びに行って奥さんとどうにかなる。