読まない理由に乗っかってしまう
よまないりゆうにのっかってしまう
江藤淳『成熟と喪失』を荘子itは大学時代に読んだが、 師の系譜には「良くないんだけど一応押さえておきましょう」という前提があり、 SNSでもそう言われているので、ベタに読み込む気が起きなかった。
福尾も「読まない理由みたいなものが普通にあるんだよね、 それにやっぱ乗っかっちゃうからさ、特に若いと」と応じる。 自分より下の世代からすれば「デフォルトでキャンセルされたやつでしょ」 という空気になっていて、触れる動機がなく、 触れても「かつてあった何か」という博物館レベルでしか見られない。 自分のリアリティに接続して読むには人生のタイミングが要る。 いま読むと、結婚して子供がいる自分にとって他人事ではなく、 「これ自体が文学じゃん」となった。
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関連項目
- いつもここから性人間には「いつもここから」と戻ってこられる場所が必要だ、という話。
- 一緒に面白くなっていこう岩崎の周りには「同世代みんなで上がっていこう」「一緒に面白くなっていこう」 という感じがある、と荘子itは言う。
- 画面の中で本当に起きていると信じられるか映画になったとき、画面内で起きていることとメタ視点が分離している状態だと 面白くない、と荘子itは言う。
- 目クリクリのZ世代北海道ツアーで対バンしたギザドド/ドゴ。
- 岩崎TaiTanの大学の同級生で、荘子itとも中1から(=タイタンの大学同級生かつ荘子itの旧知) の付き合い。
- 江藤淳『成熟と喪失』。
- 成熟と喪失戦後民主主義の中で生きる男が、近代化によって前近代的な肉感的な母子関係を失い、 さてどうするのか——を論じた文芸評論。
- 試写に呼ばれる、呼ばれない「この試写には呼ばれてこの試写には呼ばれない、ということは 今こう思われているのか」——解釈し出すと止まらない。