痛みの強度
いたみのきょうど
データの扱いがおかしい/解釈が多様だ、という応酬をいくらやってもしょうがない。
三宅香帆の本は究極的には彼女自身の問題であって、 「本が好きだったのに読めなくなった」という痛みを感じたことから出ている。 だから「令和人文主義は正社員様の哲学だ」と揶揄されても、 それは正社員の痛みなのだからそうだろう、他の痛みは無限にあるだろう、 というだけの話でしかない、と荘子itは言う。 そういうものが売れると他の痛みがマスキングされる、という指摘には 一面の真実があるが、それを叩いてばかりいてもしょうがない。 福尾は、データで殴られたときに「これは私の実存的な痛みの問題で」と返すのが 一番共感を得やすいイージーな道なのに、三宅がそれをやらないのが偉い、と言う。
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関連項目
- 状況論につきまとう根本的な問題「推し活が今こうなっていて」というような話をしながら、 福尾はいつも「これって本当なのかな」と思っている。
- 最適化されない恥著者やクリエイター自身がSNSや喋りの場で人格を出していくこと自体は 粛々とやったほうがいいこと(D2C的に一番理にかなってもいる)。
- 虚構に上書きされた風景が原風景佐々木友輔の風景論の連載を荘子itが読んで。
- 愚直にやるだけで差がつく時代いまはほぼ99%が状況に対するリアクションと人間関係の話に終始しているから、 愚直に自分の好奇心と実験精神だけを追求しているだけで差をつけられる。
- 魚豊荘子itが子育てと制作の合間を縫って「二人だけで会って話した」数少ない相手として、 福尾と並んで名前が挙がる。
- TaiTanDos Monosのメンバー。
- 佐々木友輔風景論の連載で庵野秀明と大島渚を論じ、吉本隆明の「関係の絶対性」を扱っている。
- アスファルト手持ちカメラで東日本大震災の被災地の近くの街をずっと歩いているだけの映像作品。