最適化されない恥
さいてきかされないはじ
著者やクリエイター自身がSNSや喋りの場で人格を出していくこと自体は 粛々とやったほうがいいこと(D2C的に一番理にかなってもいる)。
番組より
これが本当の自分みたいな、本当に思ってたことみたいなのと、プラットフォームが欲望してるこうであってほしいみたいなものと悪魔合体した、なんちゃって本当の自分みたいなものではなくて、本当にずれていく人間性みたいなもの。
この項目について
問題は、バズる方向にペルソナやスタイル、人間性の出し方が最適化されていくこと。 「恥を晒したほうがいい」と言っても、それが最適化された恥ならパフォーマンスにすぎず、 本当の恥とは違う。だから「これが本当の自分」とプラットフォームが欲望する 「こうであってほしい」が悪魔合体した“なんちゃって本当の自分”ではなく、 最適化されない方向、本当にずれていく人間性のほうに軸を置いておくべきではないか。
この項目が出てくる回
関連項目
- 状況論につきまとう根本的な問題「推し活が今こうなっていて」というような話をしながら、 福尾はいつも「これって本当なのかな」と思っている。
- 痛みの強度データの扱いがおかしい/解釈が多様だ、という応酬をいくらやってもしょうがない。
- 虚構に上書きされた風景が原風景佐々木友輔の風景論の連載を荘子itが読んで。
- 愚直にやるだけで差がつく時代いまはほぼ99%が状況に対するリアクションと人間関係の話に終始しているから、 愚直に自分の好奇心と実験精神だけを追求しているだけで差をつけられる。
- 魚豊荘子itが子育てと制作の合間を縫って「二人だけで会って話した」数少ない相手として、 福尾と並んで名前が挙がる。
- TaiTanDos Monosのメンバー。
- 佐々木友輔風景論の連載で庵野秀明と大島渚を論じ、吉本隆明の「関係の絶対性」を扱っている。
- アスファルト手持ちカメラで東日本大震災の被災地の近くの街をずっと歩いているだけの映像作品。