ゲラチェックをしたくない
げらちぇっくをしたくない
日記本にゲラチェックを入れたくない、と福尾は言う。
「仮に誤字脱字があったとして、なんで僕が直さなきゃいけないのって思って。 その時の僕だから」。校閲には入ってもらうが、直さずに 「間違っている」「原文ママ」とだけ書いてもらう案を考えている。 死んだ人の日記なら、わざわざ校閲が直すことはなく原文ママにするはずだから。 荘子itも「ゲラチェックが一番苦手」で、一度ゲラを開くと修正の欲望がついてしまうので 最初から見ないでOKすることが多い、放置しすぎて誤字修正だけで通ってしまい 申し訳なくなる、と応じる。
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関連項目
- 他人の日記福尾が構想している日記本のタイトル。
- 置き配写真館の構造的な問題自分の家に届く置き配写真は、毎日歩いている玄関先を無造作にピンボケで撮った 写真が急に送りつけられてくるという、めちゃくちゃ不気味で変な体験だ。
- 真逆の方向から作者を殺す考察は「著者の意図」というフィクションにすがりつくことによって、 かえって著者の意図を裏切っている——そこが面白い、と福尾は言う。
- 批評は人間関係の話しかしていない考察より思想のほうが面白い・偉いと、批評をやっている自分もやはり思う。
- 序文というパレルゴン序文は順番としては一番最初に来るのに、たいていは本文を書き終わったあとに書く。
- 令和人文主義は誰も自称しない令和人文主義という言葉は不思議なことに誰も自称せず、 「自分以外みんなそう」という形でしか使われない。
- 感想ツイートに懸賞金公式のトークイベントや帯コメントの推薦よりも、ポッと出たかのような感想ツイートが みんなの問題意識に接続して一気に跳ねる。
- 福尾匠『置き配的』発売から1週間、ずっとエゴサをしていた。