William Faulkner小説家
うぃりあむふぉーくなー
『八月の光』を福尾が読破した。
「本当にすごい小説だと思った」。 小説的と言われるものは物語ではないところにあるが、それは文のよさや人称や時制といった フォーマリズムの話でもない。「真ん中から始める」という出来事の書き方そのものにある、 というのが福尾の読み。
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関連項目
- 白昼夢感『旅と日々』『海辺へ行く道』『ミゼリコルディア』のような、 フィクションでもドキュメンタリーでもない淡いのものを、つい「夢みたい」と言ってしまう。
- 映画に一番似ているのは映画館を出た後の雨ドゥルーズ『シネマ』の議論。
- 真ん中から始めるフォークナー『八月の光』を読んだ福尾の見立て。
- 物語だけがドライブしていない状態物語が大事なのではない、と言い切って本当に物語を退けると、それはそれで面白くない。
- 努力に対して報酬があると理解させる福尾のエッセイ講座のレジュメにあった原則。
- 解放される対象であることを拒否する荘子itは「ヒロインと恋愛関係にならずに、彼女を負のループから解放する」 タイプの話がすごく好きだ。
- 括弧つきの男の子っぽさ『8番出口』を絶賛したが、あれもいくらでも批判の余地がある、と荘子itは言う。
- 保坂和志物語ではないところに小説の面白さがある、と言い続けてきた人として名前が挙がる。