括弧つきの男の子っぽさ
かっこつきのおとこのこっぽさ
『8番出口』を絶賛したが、あれもいくらでも批判の余地がある、と荘子itは言う。
番組より
括弧つきの男の子っぽいものって別に女の子も好きだし、そこに男女の境がないと思う。括弧つきの男の敵とされるような文体とか設定でしか描けないエモーションは、それはあるんだよな。
この項目について
妊娠した元恋人も息子もギミックでしかない。 デヴィッド・リンチ『イレイザーヘッド』の系譜——子供が生まれて自由がなくなること、 妻との関係、妻の家族とうまくいかないこと、人には言えない嫌さをそのまま出した映画—— であり、つまり「妊娠させた男のある種無責任な恐れ」を表現している。 手放しでいいとするには、語られていない物語がたくさんある。 だが、と荘子itは続ける。それを「括弧つきの男の子的」「男性目線」と呼ぶけれど、 括弧つきの男の子っぽいものは別に女の子も好きなのであって、 そこに男女の境はない。そういう「男の敵」とされるような文体や設定でしか 描けないエモーションは、それはあるんだよな、という話。 福尾は「物語の形と思想は基本的には区別すべきだと思う」と応じつつ、 『チェンソーマン』のレゼには全く引っかからなかった、と言う。
この項目が出てくる回
関連項目
- 白昼夢感『旅と日々』『海辺へ行く道』『ミゼリコルディア』のような、 フィクションでもドキュメンタリーでもない淡いのものを、つい「夢みたい」と言ってしまう。
- 映画に一番似ているのは映画館を出た後の雨ドゥルーズ『シネマ』の議論。
- 真ん中から始めるフォークナー『八月の光』を読んだ福尾の見立て。
- 物語だけがドライブしていない状態物語が大事なのではない、と言い切って本当に物語を退けると、それはそれで面白くない。
- 努力に対して報酬があると理解させる福尾のエッセイ講座のレジュメにあった原則。
- 解放される対象であることを拒否する荘子itは「ヒロインと恋愛関係にならずに、彼女を負のループから解放する」 タイプの話がすごく好きだ。
- William Faulkner『八月の光』を福尾が読破した。
- 保坂和志物語ではないところに小説の面白さがある、と言い続けてきた人として名前が挙がる。