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心の交流と性のあいだのジャンプ

こころのこうりゅうとせいのあいだのじゃんぷ

『青野くんに触りたいから死にたい』が良かったのは、 最初がただの一目惚れ、ただ触りたい・セックスしたいという (しかも女性側からの)性欲でしかないところから始まり、 お互いの人格形成に関わる家族の問題がすごい深度で描かれたあとで、 「深い人

初出
失われたキモさを求めて(2026年2月2日)

『青野くんに触りたいから死にたい』が良かったのは、 最初がただの一目惚れ、ただ触りたい・セックスしたいという (しかも女性側からの)性欲でしかないところから始まり、 お互いの人格形成に関わる家族の問題がすごい深度で描かれたあとで、 「深い人間的交流が果たされたから二人の関係は尊いものになった」 という終わり方をしないところだ、と荘子itは言う。 最終的に「ただ触りたい」という地点に戻る。そこにジャンプがある。 三宅唱『夜明けのすべて』も男女の交流を描きながら恋愛関係にはならない。 心の交流と性的な関係のあいだにはジャンプがあって、 めちゃくちゃ分かり合ったからといって恋人になるわけではないし、 恋人より大事な友人がいるという話にもなる。 「好きになっちゃう」「触りたい」は、道徳的に解消できない、 すごく難しくて危ない問題だ。

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