チャンドス卿の手紙書籍
ちゃんどすきょうのてがみ
詩人が「もう詩が書けなくなった」と書き送る体で書かれた短い小説。
なぜ書けなくなったかというと、人が話しているのを聞くのが聞くに堪えないから。 井戸端で交わされる「あいつはどうだ」「今日はこんな感じだ」を聞くだけで 虫唾が走る——ある種の言語フォビア。 それより道端で朽ちている木の杭のほうが、謎に心を鷲掴みにされる。 世間で喋られていることにも本に書かれていることにも 全くリアリティを感じなくなってしまった、だから私は詩を書くのをやめた、と。 Ludwig Wittgensteinの『論理哲学論考』にも影響を与えた。 福尾は「めっちゃ分かる」と言い、同じ乖離感が20世紀初頭にもあったこと、 そして世紀が一周回って2020年代にも似た空気があることを指摘する。
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関連項目
- 点はてな「?」の前に読点を1つ打つ用法。
- リテラリティ福尾匠『眼がスクリーンになるとき』の重要概念。
- 解説に見えてしまう本『眼がスクリーンになるとき』を丁寧に読んだ高校生から 「『シネマ』に書かれてあることと福尾さんの主張の違いがよく分からない、 解説に終始していて福尾さんの思想がどこにあるのか分からなかった」という ツイートがあった。
- 動物という通路黒沢清の映画では、人間の世界と「やばいもの」の世界のあいだの通路として 動物が機能する。
- 鑑賞料金FXシステム勧める者と勧められた者の関係、そして映画をいつ観るかという時差の問題。
- 葉っぱの影が白いシャツの上を流れたWilliam Faulkner『八月の光』でいちばん印象に残っている描写、と福尾は言う。
- 脳の容量の取り合い同棲を始めたころ、福尾は「めっちゃいろいろ聞かれるな」と負担に感じていた。
- 二人で一個の脳を使っている福尾夫婦は二人とも家にいる時間が長く、二人だけで過ごす時間がめちゃくちゃ長い。